ウィンザー・マッケイ|Winsor McCay
Winsor McCay(c1967-1971 – 1934)
見世物小屋のポスター・看板画家を経て、新聞漫画連載(『眠りの国のニモ Little Nemo in Slumberland』など)、アニメーション制作に進出。稲妻スケッチ( lightning scketch)の名手としてヴォードビル劇場の舞台にも立った。
マッケイは現代アニメーションにおいても基礎となる技法を早くもこの時期に用いている。繰り返し部分については、同じ絵を使いまわしすサイクリング。また、キーとなるポーズを書いてから、その中間にあたるコマを後から書く中割り(In Between)など。キーフレームアニメーションの概念が既に備わっていたことになる。
マッケイ自身とわずかなアシスタントのみで制作を続け、分業制に基づいた商業アニメーションの時代が始まってもその姿勢を貫いた。
『リトルニモ Little Nemo』(1911)
マッケイ初のアニメーション。奥行き・重力を意識したアニメーション、スローモーション、人体の伸び縮み・輪切り、煙や爆発の流体表現などアニメーション的快楽が横溢する作品。カラーフィルム開発以前のため、カラーパートはひとコマずつフィルムに直接彩色をほどこす手法がとられた。アニメーションパートは8分過ぎより。
『蚊はいかに動くか How a Mosquito Operates 』(1912)
『恐竜ガーティー Gertie the Dinosaur 』(1914)
マッケイ最高傑作とされる作品。一万枚の絵によって作成されたアニメーション。背景もすべて一枚一枚トレースされて描かれている。
公開当初は、マッケイ自身がスクリーンの横に立ち、口上を述べ、画面内の恐竜とやりとりを交わすという形をとっていた。そののち、字幕と実写部分を付け加えた現存するバージョンが作られた。
『ルシタニア号の沈没 Sinking of the Lusitania』(1918)
2万5千枚を費やした大作。1915年、ドイツ軍による攻撃を受けて、イギリス船・ルシタニア号が沈没し、アメリカ人128名を含む1198名が死亡した事件を、生存者への取材を元に作られた。世界初の再現アニメである。愛国感情の鼓舞が動機となり作品が作られたが、制作に時間を費やし、完成は大戦終結のわずか4ヶ月前の1918年7月であった。
攻撃を受けた船からばらばらと人が海面に落ちていくさまや、攻撃を受けて爆発する船があげる煙など息を呑む描写はまったく古びない。
参考文献)
細馬宏通『ミッキーはなぜ口笛を吹くのか』
おかだえみこ『ひとりから始めるアニメの作り方』